慶應義塾大学通信教育過程の記録

文学部1類(哲学)を2020年3月に卒業!同大学社会学研究科博士課程合格を目指します。

【その他】剣道範士八段と杉本くんの真意はもうわからない話

今年初めての蝉が鳴き始めて、
息をするのも苦しいくらい、
暑い季節を迎えると、いつも思い出します。
内容は長くて暑いです。3000文字位です。

あっ、いかないでー!


範士八段との出会い】

金色のオーラがかかっていました。
厳かで、だけど、優しくて。


こんなに美しい人を私は、
それまで知りませんでした。



一番印象深いのは、範士との稽古です。


練習の一番最後、
好きな相手と稽古できる時間がありました。


私は毎回マッハで走って
一番先に範士の列に並びました。

勢いはいいのですが、
蹲踞して構えただけで、もう、
息も出来ません。


隙がないとか、
そんなレベルでなく、
決壊が張り巡らされ、
微動だに出来ないのです。


かといって、
動かないでは済まないので、
気合いを入れて掛かっていくのですが、


深く息をした瞬間に、
打とうと思った瞬間に、


私の身体は、既に、
床に叩きつけられています。


範士が動かすのは切っ先2ミリ。


運良く間合いまで入れたとしても、
地の果てまで、
即座に吹っ飛ばされるのでした。


息はあがり、手足はもつれ、
意識が段々遠退いていきます。


「あーまた男子達に言われるな。
 下手くその初心者のくせにって。」


そんな邪念も、
薄れていく意識とともに失われていきます。



スッパーーーーン!!!



道場中に気持ちいい音が響きました。


そう、心・技・体が完全になり、


無になった瞬間。


その時は、訪れます。



ぼろぼろの身体を引きずって、
礼に戻ると、範士は、耳元でこう言いました。


「今の面を絶対に忘れちゃだめだよ。」


最高です。



涙は汗が隠してくれました。



実際、リアルな毎日は、
うんざりすることが山のようにありました。


学校ではいじめもあったし、
多感な時期だったので、
社会への不信感、
先生や親、大人への反抗心、


でも、
心から尊敬出来る大人が一人いる。


私は範士のような人間になる。


そう思うと、
目に映る世界は金色に輝いて、
リアルな世界の面倒事は些細なことに思えました。


理解される者から、
理解する者として立つ時、


畏れは全てなくなりました。


あれから、数十年。

剣道は高校2年で辞めました。
範士と過ごした時間は僅か2年。


最近、知ったのですが、
範士八段の合格率は、1%以下です。
1300人受けて1人受かるとかそんなレベルです。
あれ?そしたら0.1%以下です。

町の道場に、必ず、範士がいると思ったら、
大間違いなのでした。

直感で、
この人凄い、人間を超えている。
こんな人には2度と会えないと思ったから、

必死でまとわりついて、
教えをこうたわけですが、
いい判断だったなと思います。

さて、

あっという間に、人生折り返しです。
範士には、
1ミリも届かない現実がありますが、


ここから、

全速力で追いかけます。


間に合うのかな?
もう、剣道もしてないしなあ。

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【杉本くんの真意はもう分からない話】


まだ、剣道の話、続きます。

そんな経緯もあって、

私は、しょぼい運動神経にも関わらず、
3ヶ月後には、
女子チームの大将を任されました。


でも、何年も剣道を続けてきた男子達は、
それが気に入らないようで、
色々と絡まれました。


いちゃもんをつける男子代表は、
当時の男子チームの大将、
道場のキャプテン的な立場の、
杉本くんでした。


杉本くんとは何かと縁があり、
学校選抜グランドホッケーの
一軍ゴールキーパーというポジションも同じでした。

大将とゴールキーパー

学校で一番身体も大きくて、
存在感抜群の彼に、
その役割は、ぴったりでした。


一方、私は、どちらも成り行きでした。
身体も小さいしリーダーシップなんて皆無でした。


杉本くんは、

「おい下手くそキーパー!お前なんか置物だな!」
「ぼーとするなよ、練習付き合うぜ!」

そう言って、男子を引き連れて、
束になって、
シュートを打ち込んできたり、
傷口をえぐる暴言を吐いてくるのでした。


好きだったんじゃないの?
それで、いじめてたってオチよね?

文章だけ読むと、そんな感じなんです。

しかし、まあ、
ジャイアンのび太を苛める、
あれでしかなかったです。
「なんかムカつくから殴らせろ!」それです。


その証拠に、杉本くんは、
権力のある男子と、
イケてる女子には、
紳士的な態度を崩しませんでした。
そして、私をはじめ雑魚には徹底して厳しい・・。

さらに、彼はナッパにそっくりでした。
もし、ベジータだったら、
私の方からしつこく絡んでいたでしょう。


月日は流れ、
ホッケーは男子優勝、女子準優勝。


全国大会にも出場しました。


会場では、
五分刈りの女の子達が、
大勢うろうろしていました。

「終わった・・。無理だ。」

背負ってるものが違いすぎる。


地区大会では、
鉄の壁&華麗なフォワード陣も、
なすすべなく、

女子は全敗しました。

勝てるとは思っていなかった。
記念に来たんだ、そうだよね。

でも、

ここまで、やられるとは。

ズドン、ズドンと、
私の横を通りすぎゴールに押し込まれる球の音は、
心臓に突き刺さりました。


地区大会では無敵を誇った男子も、
苦戦していました。


男子チームのディフェンス陣にも、
後のオリンピック選手がいました。

それでも、全く、歯が立ちません。

だめだよ、格が違いすぎる。
2年間よく頑張った。

これで、終わりだね・・。

夏が終わるね。

男子も勝つことを諦めたかに見えました。



いや、

たった一人、

微塵も、

諦めていない男がいました。

杉本くんでした。


彼は大きな身体をさらに巨大化して、
目を見開いて、

「ぐわーーーーー!!」

と叫びながら、


飛び込んでくる敵オフェンス陣を、

身体を張って、

一人で蹴散らしていました。



その姿はオリバーカーンそのものでした。
あ、もちろん、カーンを知ったのは、
ずっと後ですが・・。



杉本くんは、
絶対に諦めませんでした。

絶対に逃げませんでした。


一歩も譲りませんでした。


もしかしたら、その時点で、


全国で、
勝てると思っていたのは、
杉本くんだけだったのかもしれません。


しかし、杉本くんの姿勢は、
チームを動かしました。


徐々に動きが良くなり、
本来の姿に戻り始めました。

ただ、全国は甘くない。

女子が五分刈りなら、男子はなんだ?
剃る毛はもうないよ。

楽な試合なんて、ひとつもありませでした。

延長戦にPK選、
死闘に継ぐ死闘の連続でした。

彼らは、漫画のように、
一戦、一戦、
別人のように強くなっていきました。

涙が止まりませんでした。

「杉本くん、君のことは大嫌いだ。
 だけど、今の君は最高だーーー!!」


そして、男子は、
全国3位を掴み取りました。


地元に戻ったその日の夜は、
道教室でした。


何事もなかったように、杉本くんは、
「下手くそが!」と悪態をついてきました。


最高とか言ったのなし!


また、月日が流れました。

ある日、
私は前から疑問に思っていたことを聞きました。

「ねえ、チームが既に四敗してる時、
 大将はどういう心境で試合に臨むの?
 負けは決まってるよね。」

杉本くんは、いつになく、神妙な面持ちで、

「それはさ、一つでも白をつけにいくんだよ。
 全敗、真っ黒になんてするもんか。
 その為に死力を尽くして戦うんだよ」

真面目に答えてくれました。

また、月日が流れました。

30歳の同窓会を機に、
小中の同級生達とは、
比較的頻繁に会うようになりました。

当時、範士を目指し武士を気取っていた私は、
誰にも多くを語りませんでした。

でも、話さなければ、
分かりあえないことが結構あるなと、
感じるようになりました。

あの時、
カッコつけてないで、

言い返せばよかった。

範士に一番稽古つけて欲しかったのは、
 杉本くんじゃないの?
 何、空気読んでんの?譲ってんの?
 羨ましくて絡んでるならいきゃいいじゃん!」


「チームの為に白をって何それカッコいいけど、
 でも、その分個人戦に温存して、
 勝とうとか何で思わないの?なんで?」


「あの全国大会、いつ練習したの?
 始めから、勝つ気でいたの?」


「何でそんなに絡むの?
 何が気に入らないの?」

そうだよ、言いたいことは、
言えば、良かった。

しかし、こう書いみると、
自分は、かなりマイペースで個人主義だな。

そりゃ、彼は私にイラつくわ。

でも、

例え怒らせても、言うべきだった。

お互いに、違いすぎている。

だからこそ、
学べることは山ほどあったのに。

今からでも、
聞いてみるか!言ってやるか!

30歳を過ぎて、
ずっと、そう思っていたのに。

杉本くんとは、訳あって、
2度と会えなくなってしまいました。


いつか、話せる日まで、

もう少し、頑張ってみるから。

ああ、でもさ、

どんなに頑張っても、何しても、
「下手くそが!お前は甘いわ!」って、

そう言うのは、
もう、分かってるけどね。