慶應義塾大学通信教育過程の記録

文学部1類(哲学)で学んだことを中心に綴っています。時々、ダイエットや漫画、都市伝説の話もします^ ^

【その他】さよならを言う前に

もう、終わりにしよう。


校舎の5階から
呆れる程綺麗な夕焼けを眺めていました。

蜩の声が心に沁みました。夏も終わるのか。


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ベランダの手摺に体重を掛けて
身体を持ち上げて、足を掛けました。

あと少しで楽になる。


何故そんなことをしようとしたかと言えば、
留年が確定したからです。
手続き上のミスでした。勿論自分のミスです。


え?そんな些細なことで?
と今は思いますが、当時は本気でした。


「よっ」
身体を乗り出した瞬間




恐ろしい事を思い出しました。




「やばい!部屋めっちゃ汚い!洗濯もしてない」



私の母は、ソフトボール日本代表監督の宇津木妙子さんにそっくりです。


掃除をしていない一人暮らしの部屋に足を踏み入れた瞬間を想像して戦慄が走りました。



さらに、家賃2万3000円だというのに、中古で買った100万円相当の音響装置が置いてありました。
それもそれで相当やばいのではないか・・・



「と、とりあえず帰って掃除と洗濯しよ。
生きるとか死ぬとかは、その後ゆっくり考えよう」



生協でコーヒー牛乳を買って飲みました。
数日間何も食べてないことを思い出しました。


掃除をしていると
留年確定を知った友人から次々と連絡が入りました。



「おめでとう!お祝いせなあかんやん!留年パーティや」


本当にそんな電話ばかりでした。


そして、宴は続きました。



私は地方の人間なので、
今でも関西の友人達の真意は分かりません。



落ち込んでいる自分を励まそうとしてくれたのか、
本当に面白かったのか・・ただ、飲みたかったのか・・


私は一滴もお酒が飲めないというのに。


しかし、真意はどうであれ、
留年パーティは確実に私に生きる力を蘇らせました。



その場ではネタにされてヘラヘラしていましたが、
自分の不甲斐なさや悔しさで部屋に戻ってからは泣き崩れていました。



絶対にこのままでは終わらせない。



気付いた時には、
両親への謝罪も済み今後の方針も決まっていました。



留年分の学費の工面と編入試験の猛勉強に1秒も無駄に出来ない日々が始まっていました。



あれ?私、生きるか死ぬかとか、音響何処に隠そうとか言ってなかった?


もう、冬でした。


季節が2つ過ぎていました。




19歳の私は、
一人暮らしの汚れた部屋と
溜まった洗濯物と、
留年パーティーに救われたのでした。



あの日以来、常に、部屋は綺麗にしています。
やはり部屋が乱れると気持ちも整わないです。
勿論、突然の母の来訪も怖いです。こわいこわい。

その時宴を催してくれた友達とは、
今でも仲が良いです。


みんな当時からは想像もつかないくらい
まっとうな大人になりなした。



「良い大人と悪い大人を見分ける目を持って下さい。

良い大人とは言うまでもなく、
人生のいつくしみを知っている人です。

悪い大人とは、時間、お金、感情
全てにおいてケチな人のことです。


若いということは、
はっきり言って無駄なことの連続です。


けれど、その無駄使いをしないと良い大人にはなれないのです。

死にたいくらいの悲しい出来事も、


後になってみれば、素晴らしき無駄使いとして心のなかに常備されるのです。



いかに素敵な無駄使いをしたか、

そのことだけが、色々な問題を解決出来るのです。」


『放課後の音符 』後書きより引用





今まさにどん底だなとか呟きながら、

まあ、それはそうなんだけど、
この音質は最高だな。

コーヒー牛乳片手に、
狭い部屋に不似合いなスピーカーから流れるクラシックに酔っていたあの時間が甘くて懐かしいです。


一人暮らしの思い出を書いてみました^^