慶應義塾大学通信教育過程の記録

文学部1類(哲学)で学んだことを中心に綴っています。時々、ダイエットや漫画、都市伝説の話もします^ ^

【その他】お友達の心の痛みが分からなければ何の価値もないと泣かれた話

小学校1年生の夏


初めての面談から戻った母は、
神棚の前に私を座らせ


「お友達の心の痛みが分からなければ、
お勉強や運動で1番でも何の意味も価値もないのよ」


と、泣き崩れました。


途方にくれました。


誰かに意地悪をした覚えもなく、
楽しく過ごしてきただけなのに、



担任からは将来が心配でたまらないと指摘され、
親は泣き崩れているのです。



・・・・・。



クラスメイトの一般的な状況と感情の変化を観察しパターン化して何通りも覚えました。



タイプを大雑把に分類し、
タイプ別に仮説を立て結果を分析することを
延々と繰り返しました。




2年間かけて、ようやく、
自分がどのタイプの子に何をしてどう傷付けたのか、
何がまずかったのかぼんやりと掴めてきました。




3年生になると、
挙動不審な自分を不憫に思った数人の女の子が
「友達になろうよ!遊ぼうよ!」
と声をかけてくれました。




友達と過ごす日々は、
温かく心地よくこれは失くしたくないなぁと
切実に思いました。




5年生になると全体の関係性が複雑になってきたので、
常に紙に相関図を書いて把握していました。


お友達の気持ちは、相変わらず、よく分かりませんでしたが、システムとして推測は出来るし、多人数の感情、所謂、場の雰囲気にも合わせられるようになっていました。


クラスでは、階層が完成し、
集団による無視等のいじめが始まりました。



ターゲットはいつも決まっていて、
外見、知能、言動、家庭環境が他の子に比べて、
特徴的な子でした。



あらゆる手段を尽くして阻止しました。



自分がやられているようで、
我慢できなかったからです。



ターゲットが自分に移っても、
別にいいと思っていました。



そもそも1人だったんだし。




ある日、庇った1人の女の子と友達になり、
自宅に招かれました。



「友達連れてきたよ!」
誇らしげに彼女が言うと、


「お友達?あなたに?お友達が出来たの!
ありがとう、本当にありがとう、よろしくね」



彼女のおばあちゃんはポロポロ涙をこぼしました。


その場では、黙って微笑むことしか出来ませんでした。


でも、家を出た途端に、
嗚咽が止まらなくなりました。


「 違うよ。おばあちゃん、違うよ。

私も皆が簡単に出来ることが出来ない。


だから、どんなに意地悪されても、
挫けないで明るく振る舞ってるのを見ていると、

絶対辛いはずなのに。
苦しいはずなのにって。

自分も頑張ろうって思える。

だから、

友達になって貰ったのは私の方」


涙で前はみえません。


でも、誰かの為に流す涙は、
心地よく新しく、全てを洗い流してくれました。



はっとしました。



私、今、お友達の心の痛みを想って泣いている。
ああ、そうか、こういうことなのか・・・



5年の歳月が過ぎていました。
12歳の誕生日の1ヶ月前でした。


庇った友達の件は奇跡の一例で、
感覚として「こういうことか!」と掴めただけです。


恐らく専門的な知識を持ってすれば、
私は何らかの症候群に該当し
説明はつく話だと思います。



歳の離れた弟や子供の友達を
何百人と観察しましたが、
普通は、先天的にある程度持っている能力が
自分にはなかったんだなと思います。


それ程特別なことでもないです。


今はどうなのか?といえば、


根本的には変わらないです。


仕事では、相変わらず、小学生の頃と同様に、
集団に属する人の情報を全て書き出して整理して、
随時チェックしていたし、


感じたことをそのまま口に出すと危険なので、
必ず一呼吸置くようにしています。


常に対処療法です。


ただ、


別にそこはだめでもいいんだよ。
他で頑張れば?
と受け入れてくれる友達や同僚に恵まれたことで
随分助けられました。



資格を取って技術系の職場に転職したのも正解でした。
自分と似たような人が多くて本当に楽でした。



もし、



自分はごく普通にあらゆる能力があって、
対人コミュニケーションも余裕だから、



場の空気が読めず
他人の心を傷付けるような人間なんて
絶対に許せないわ!



というのなら、
そっとしておいてあげて欲しいです。


どうしても、
業務上等の理由で避けて通れない事情があるなら、


そもそも、
この人システムが違うんじゃない?
部品がたりないんじゃないの?


と、疑って、観察して欲しいです。


計算が圧倒的に早いとか、
記憶力が抜群にいいとか、
手先が天才的に器用とか、


絶対何かあると思うので、上手に使って欲しいです。

全力で結果を出します。



あらゆる特徴的な症状を持ったままで、
全ての人が生産的に共存出来るといいのにな。




私はこの問題に、
気が遠くなるような時間と労力を費やしてきましたが、


地球は45億年、ゴキブリは5億年に比較したら、
人類の歴史なんてほんの一瞬で、


地球上には70億人が生きていて、


その中の狭い日本という国の常識とか共感とか。


そこまで価値あることかな?



最善を尽くして、どうしてもダメだったとしても、
それは別にいいんじゃないの?


と、何処かで開き直っていました。



1人家の庭で、



君達は上手くやれてるんだね?
羨ましいなあ!


私全然だめなんだよね。困ったなぁ。


と、アリに話しかけていた7歳の自分が、
懐かしいです。



多少は年齢も重ねたし、



何か偉そうなこと言ってみたいけど
何も変わってないからなぁ。



えーと、そうだな!


みんなと違っていいんだよ。
馬鹿にされても、親に泣かれても、


背筋を伸ばして、
耳栓して、やれること全部試したら、
得意なことに集中して、
毅然としてたらいいんだよ。


君の背中を見てる人が必ずいるよ。
同じスピードで走れる仲間がきっと現れるよ。


その時、何話そう?って。
ワクワクしてたらいいよ!


大丈夫。


このくらいかなあ。
もうすぐ、あの季節が来るなぁ!夏やね!

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