慶應義塾大学通信教育過程の記録

文学部1類(哲学)を2020年3月に卒業!同大学社会学研究科博士課程合格を目指します。

R.ベネディクト『菊と刀』に関する考察

すみません。考察ではないです。
「それってあなたの感想ですよね?」そうです。

いつからだろうか。

子ども達が嬉々として口ずさむ「若者の気持ちを代弁するかのような歌」に違和感と少しの嫌悪感を覚えるようになったのは。

違和感と嫌悪感。それは、特定のアーティストに対してなのか。楽曲に対してなのか。フレーズなのか。

そんなことを数年間考えていて、昨日、とあるアーティストのライブ映像を見ていてようやく気が付いた。

私は、今、この世界を否定的に捉えた上で、
自分自身を被害者であるかのように捉える歌詞、
かつそれが20代、時に10代の日本の若者が創作していた場合に、壮絶な罪悪感を自分自身に感じるのだ。

それならば、自分と同世代のオッサンが世界を憂いていても、あんた何も感じないのか?と言われると、特に何も感じない。

価値観はそれぞれだからだ。75億人分の世界観があって然りだと思う。

でも、この世に生まれて20年とか10年しか経っていない子供や若者から「ぶっ壊れた世界」とか「歪んだ」「意味もない」「価値がない」とかそんな言葉を聞くと切なくなる。
分かっている。

そういう研ぎ澄まされた感受性こそが大事な世界であることは。

それでも、やっぱり、「ごめんね」と思う。

政治家でも資産家でも起業家でも何ものでもないけど、その子の親でもなんでもないけど「すまない」と思う。

大人には子供達に対する責任があると思う。

それが果たせていないことを突き付けられている気がする。
だから、なんだよなあ。


そんなに、この世界は、少なくとも、この国は、ぶっ壊れている?

希望が持てない?

確かに、将来的には、出稼ぎに行かなければいけない状況になる可能性もある。

経済大国日本なんて、遠すぎる過去の遺産だ。

特許の申請件数も年々減り続けている。

悲観的なことを言い出せばキリがない。

でも、本当にそうなのだろうか。

高校生の頃、R.ベネディクトの『菊と刀』を授業で原文で読みいたく感動した記憶がある。

菊と刀』は、第二次世界大戦末期に戦時情報局からの要請で敵国日本人の行動を分析するために書かれた。


「日本人はアメリカがこれまで国をあげて戦ってきた敵のなかで、最も気心の知れない敵であった」

という冒頭からスタートし日本人の「恥の文化」「恩の文化」などについて描かれている。

「いやいや、ないでしょ?それはないわw」

「だから、日本人って嫌なんだよね」

今の子ども達はそんなふうに思うかもしれない。

問いたい。

あなたは、何処からきたのですか?
誰から生まれたのですか?

脈々と受け継いだ命について考えたことはありますか?

否定も悲観も好きにすれば良い。それが若者の特権なのだから。

しかし、前言撤回。

私たちオッサンおばさんが、若者と一緒になって憂えたり、この国を馬鹿にするのは違う気がする。

何ができるか真摯に考える役割があるのではないか。

例えば、子どものために、語学力にプログラミング、無いよりは絶対にあった方がいい。

だけど、慶應の院試を受けた時に感じたアジア圏の留学生たちの、

あらゆる犠牲を払い覚悟を持って積み上げてきた知性と気迫が忘れられない。

幼児期から海外で教育を受けるならともかく、勝負できるわけがないと思った。

もちろん私見に過ぎないけれど。

では、どうするのか?

彼らが大人になった時、

グローバルな仲間たちのなかで「日本人の君がいてくれて良かったよ!」と言われるなにか。

それは、もはや、何を知っていて、何ができるか、ではなく「在り方」ではないか。

良い悪いは別にして「今までの敵国のなかで最も気心のしれない国」である日本人だけが受け継ぐ精神性。

「世界で最も変わってる日本人」最高の称号ではないか。

というか、そこしかないなら、これに賭けたら面白い突破口になるのではないか。

楽しい青春時代を全部投げ打って戦って、何もかも失って、それでも前を向いた、明治末期、昭和初期生まれの先人たち。

血を流しながら歯を食いしばって繋いでくれた命を、

誇りと共に継承するのが、自分たちオッサンおばさんの仕事ではないのか。

そして、今日も私は英語を聴いて、プログラミングの本を読む。Unreal Engineをインストールしてニヤニヤする。

子ども達が「なにそれ美味しいの?」とがっつく。

何でもいい。好きにすれば良い。
「もうやめなさい!」と叱られても、抱きしめたものだけが、かけがえのない武器になる。

もちろんそうやって限界までやっても、
「お前の武器しょぼいなー!おまけに英語もイマイチなのか」そんな未来もありうるだろう。

「でも、君がいなければ困る」そう思われるような、
そんな何かを身につけられたら、もしかしたら、道は開けるのかもしれない。

例えば、子どもの頃、毎週剣道の稽古をつけてもらった範士の先生。

「打つ!」と心が動いた瞬間に、床に叩きつけられる。

それは、自分だけでなく、6段の大人の先生たちも同じだった。

範士の前では練り上げた技も鍛え抜いた身体能力も通用しない。無惨に飛ばされるだけだ。

こんな人間離れした世界があったのかと魅了されて稽古にのめりこんだ。

そうだ、毎週の稽古の終わりに聞いた先生の言葉。

武士道とはまた違う、人間として、日本人としてどう生きるかという指南。

一言一句聞き逃すものかと、帰ったら必ずメモしていた。

それも、答えの一つなのかもしれない。

なんてこった、あのメモはどこにいったのだろうか。

記憶をたどる。それを探しに行こう。

甘いのかもしれないけれど、それも、可能性のひとつだろう。



というわけで、分析でもなんでもなく、超楽観的な主観でした。