慶應義塾大学通信教育過程の記録

文学部1類(哲学)を2020年3月に卒業!同大学社会学研究科博士課程合格を目指します。

モモちゃんとタイムマシーンに乗って

1997年、So-netのpost petとして誕生したモモちゃんが25年以上の歳月を経て中目黒の街にかえってきます。

https://www.so-net.ne.jp/postpet/information/

モモちゃん♡♡♡

ほんの少しですが、仕事で携わることができ、嬉しくて、最近はあまりよく眠れていません。子どもか!

というわけで、モモちゃんと戯れていた1997〜2000年にタイムスリップしてみます。


衝撃を受けた言葉編

1999年4月、プログラマーの友達
「PCの何が面白いのって意味が分からない。ただの道具だから。これ使って何するかが大事。あなたは一体何しにここきたの?」

入学してすぐに出会った友達。優秀なプログラマーとして学内で名が知れ渡っていました。勢いで情報を専攻したものの途方に暮れていた自分に喝を入れてくれました。

1999年4月、映像機材責任者、Kさん
「消費する側ではなく創造する側の視点を持ちを続けて欲しい。ゲームでもなんでもいいですが、こんなに夢中にさせるなんてと悔しがって欲しい。そして、あなたもいつか悔しがられる側の人間になってください」

2日間の映像研修で疲れ果てて「何のためにこんなことするのかな」という心の声が洩れていて、それに対する答えです。そっち側にいきたいと今でも切実に思っていて、割とそれがモチベーションです。


カッコいい大人編

2000年5月、F電気の課長
「凄い金額の稟議通しちゃった!失敗したらクビ飛んじゃうかもしれない。でも、何も心配してない。君たちなら絶対にやれるでしょ」

産学連携のベンチャーの立上げに関わっていた頃。20代前半の自分たちに常に対等な立場で接してくれました。

リスクを背負って動いてくれた大人達の中でこの課長は圧倒的にカッコよかったです。

会社員とか起業家とか、そういう問題ではなく、結局は自分次第なんだという強烈なインパクトを与えてくた人です。


2000年5月 N社代表取締役
「僕、君のお父さんが大好きなんだよ。君は情報学部なんだからエンジニアとして活躍して欲しい。でもね、地元に戻ればご両親が喜ぶだろうとか、そういう理由だったらだめだよ。本当にやりたいことが他にあるなら断っていいからね。今は、自分以外の誰の言うことも聞かないで」

就職活動に苦戦する私を心配した父からの紹介で臨んだ最終面接。物憂げな表情で寂しそうに笑った横顔が忘れられません。

地元では数社しかない一部上場企業の二代目として責務を全うする傍らで、諦めた夢があったのかもしれません。

まあ、新卒とはいえ、私が喉から手が出るほど欲しい人材ならこんなこと言わなかったとは思いますが。。


2000年6月
「君の家族や大学の仲間達を思う気持ちはよく分かる。でも、全部リセットして、僕たちと新しい環境で新しいことを始めてみないか?」

内定者ソフトボール大会で「こんなしょぼい球がなぜ打てない?」と怒り狂っていた代表取締役の最終面接。

唯一自力で内定まで進んだ会社でした。この一言がなければ、全然違う人生になっていました。

自分で興した会社を背負い続けるにはこのくらいの気概がなければダメなのかもと思いました。


さて、時を戻して、

2023年上半期を心に響いた一言とともに振り返ります。

2023年3月 同年代の友人
「ここから先はあらゆる事態を想定して、その都度指示を出します。かなりの負担をかけますが、無理ならいつでも言ってください。ついてこれますか」

仕事ではないですが、期間限定で業務を手伝いました。尊敬できる上司No.1です。

僅か2ヶ月という短期間でしたが、キレキレの指示に痺れるばかりで、彼女と過ごした日々は、細胞が入れ替わるほどの衝撃でした。

この時期は忠犬ハチ公みたいな顔になってたかも。

2023年4月 メンター的な知人
「物事をスタートさせる心理的ハードルの低さに驚かされます。リスクとか考えないんですか?」

そんなこと考えたこともなくて、指摘を受けて自分の方が驚きました。

怖さよりも好奇心が勝っていて気が付いたら始めている感じです。

自己完結する勉強やスポーツは問題ないですが、人を介する場合は、異常なまでに細かいことが気になるし、他人の言葉に一喜一憂して血みどろになるので、そこは、もう、精神的にやられるのは仕方ないかなと必ず1回腹を括ってます。


2023年5月 子ども
「悔しいのは分かる。僕も同じ気持ちだから。でも、ここで事を荒立てても誰も幸せになれない。苦しいけれど静かに見守ろう」

つい最近まで赤ちゃんだったのに大人になったものだ。。

2023年6月 先輩
「それ以上思い詰めなくていい。やれることは全部やった。後は仲間を信じて時期を待とう」

厳しい局面を迎えて落ち込んでいた私への一言。想定はしていましたが、きつい日々でした。。


2023年7月 ソフトボールチーム70歳の先輩
「これほど短期間にここまで上達するなんて思わなかったよ。偉かったね。一緒に戦おうね」

チームに入って毎回休まず練習に参加して、自主練もできる限りやりました。

この年齢になって、子どもみたいに褒められる機会があるとは。叱られて気合が入るタイプだと思っていたのですが、素直に嬉しかったです。

番外編
2023年4月 自分から子どもへの一言
「普段から自分のために行動して、決断して、思考して、その繰り返しで積み上がった自分自身に対する絶対的な『自信』は、他人が簡単には奪えないんだよ。胸を張りなさい」

どのタイミングで言ったか忘れましたが、自分に言い聞かせていた気がします。

あれですね。

モモちゃんと過ごした25年前に出会ったカッコいい大人達には今の自分は程遠いなあ。

もう、そろそろ、その年齢に達するんだけど、全然、敵わないなあと思います。

さらに、同年代の友人達は、結果も出しているし、みんなカッコいいです。

まあ、でも、他人と比べても仕方ないので。

モモちゃんからさらに遡って、Windows94が出た頃に夢みていた素敵な「大人」を置いていきます。

良い大人と悪い大人を、きちんと区別出来る目を養ってください。良い大人とは、言うまでもなく人生のいつくしみ方を知っている人たちです。悪い大人は、時間、お金、感情、すべてにおいてケチな人々のことです。

若いということは、はっきり言って無駄なことの連続です。けれど、その無駄使いをしないと良い大人にはならないのです。死にたいくらいの悲しい出来事も、後になってみれば、素晴しき無駄使いの思い出として、心の内に常備されるのです。

本当は、他人が他人にアドバイス出来ることなど何もないのです。いかに素敵な無駄遣いをしたか。そのことだけが、色々な問題を解決できるのです。

恋をしたいと思っている人たちは、絶対に大人ぶる。ちゃんとした大人だって、自分を完璧な大人に見せようと思って、強がるだろう。けれど、恋をした人たちは違うのだ。お互いがお互いを子供に戻す。大人に包まれた子供になるのだ。でも、そんな素敵な恋の出来る人って、いったい世の中にどのくらいいるのだろう。

放課後の音符


恋愛の部分はあまりよく分からないですが、

振り返ってみれば、25年前に憧れた人達は、みんな子どものような瞳をしていました。

気持ち良いほど真っ直ぐに、明日に飛び出そうとしていました。

そんな感じで、これからの日々を積み重ねていきたいなと思います。

ピューロローローンというWindows98の音を聞きながら眠りにつき、

僅か10秒の動画編集にも耐えられず、落ちてしまうiMacに「可愛いやつめ」と苦笑いしながら

夢みた未来は、

誰かの手によって現実となりました。

IT環境がある程度整備され、ここからの20年は、いわゆるコンテンツ、ヒューマンライフ、人類の根幹に関わる問題にメスが入るでしょう。

かえってきたモモちゃんと一緒に、これからの未来を歩いていきたいです。

そして、目の前の責任を果たして、いずれは、必ず、そっち側の人間になりたいです。