慶應義塾大学通信教育過程の記録

文学部1類(哲学)を2020年3月に卒業!同大学社会学研究科博士課程合格を目指します。

ワルの特等席

遠足を5日後に控えた小学校低学年の子どもが肩を落として帰ってきた。

「もう遠足行かない。休む」

「ええっ!どうした?」

「バスの席を決めるくじ引きで1人になった」

「隣に誰も座らないってこと?」

「そう」

「めっちゃいいじゃん!!往復2時間半も風景を見てぼーっと・・」

「・・・」

憂いを含んだ視線を感じて言葉を失った。

そういえば昔、弟が父に向けていた眼差しに似ている。

「あの人は、あんな性格だから友達がいないんだ。友達のいない人生なんて太陽のない世界と同じだ」

「父をあの人呼ばわりするのはやめなさい。それに、父にはちゃんと友達がいる」

「既に亡くなった哲学者や経済学者でしょ。今生きてないのに友達とかおかしいでしょ」

「何と言うことを・・。それでは、私たちは太陽のない暗闇で生きてる人のおかげで、毎日学校に通いご飯を食べて暮らしているわけだが、それについてどう思うのかな?」

「それ言われるとどうしようもない」

「貴方は貴方の思う生き方をすれば良い。友達は大事だ。貴方は正しい。太陽が輝く世界を生きれば良い。

でも、自分と異なる価値観を持つ人を敢えて辛辣な言葉で否定しなくても良いんじゃないかな」

「いや、それはそうだけど・・」

あの時私は大学生で弟は中学生だっただろうか・・。
伝わらないもどかしさがよみがえる。

「ごめんね。バス、隣に誰もいないと寂しいね」

「そうなんだよ。誰とも喋れないなんて寂しいよ」

「そうかそうか・・」

普通はそういうものなのか・・。

なぜそんなにお喋りがしたいのか。

無口な人が隣だったらどうするんだ?

いや待て、それでも良いのか。

1人が嫌だということなのか・・。

無口な隣人・・。

何度か書いたが、

学生時代は、部活の新しい技などの考え事に集中するために、決断する回数を少しでも減らしたかった。

そこで、あらゆる依頼に関して、検討は一切なしで、全て引き受けると決めていた。

なので、行事のグループ分け前日の「○○さんよろしく」などの打診も全て受けていた。

中学3年生。

3泊4日、2府8県をまわる修学旅行。

新幹線とバスなどあらゆる移動で隣に座って欲しいと先生から言われたのは、坂本さんという女の子だった。

坂本さんは頭が良くて何でもできるが、言葉を発しなかった。口数が少ないとかではなく、声そのものを発しなかった。

私は坂本さんとは縁があり、小学校の卒業制作も坂本さんとペアだった。

坂本さんは私よりずっと器用で、非常に繊細で、私の言葉のひとつひとつに細かく表情を変えた。しっかりと声は届いているので全く問題はなかった。

でも、先生や友達からは
「坂本さん喋らないけど大丈夫?進んでる?」と声をかけられた。

なぜ心配されるのか分からなかった。

私自身が空気を読むとか、特に非言語のコミュニケーションが苦手で、

普通の人が1か2くらいでできることに100くらいの労力がかかっていた。

いつも疲弊していて、とにかく気を抜いて相手を傷つけることに怯えていた。

さらに、空気が読めないなら視覚で勝負だぜと、相手の表情をがっつり読み込む癖がついていたので、坂本さんの言いたいとは何となく分かった。

繊細ではあるものの穏やかな坂本さんと彫刻を掘る時間は、私にとっては至福だった。

そういう背景もあり、修学旅行で坂本さんが隣でも良いか聞かれた時はとても嬉しかった。

何でもかんでも引き受けたおかげで、修学旅行は、到着時の点呼や現地での挨拶、企画の進行などツアコンかというくらい膨大な仕事があった。

バスに戻った時に、黙って佇む坂本さんを見ると心からホッとした。

そして「ジンベイザメ大きかったねー」「京都、雨降らなくて良かったね」「バス酔いとかしてない?」など勝手に話しかけた。坂本さんは微かに頷くだけだったが充分だった。

そして、2人で黙ってバスの外を見て過ごした。坂本さんがどう感じていたかは分からないが私はとても幸せだった。

最終日。バスに戻っていつものように、一方的に他愛もない話をしていた。

かなり気がゆるんでいて、しょうもない冗談を言ってしまった。

すると、坂本さんの頬が赤く染まりピクピクと震えた。

え?待って?坂本さん、今笑った?笑ったよね?

正面から坂本さんの目を見た。恥ずかしそうに逸らされた。でも、明らかに何かが違っていた。

坂本さんが笑った!!!!!!

疲れが吹っ飛ぶとかそんなレベルではない。

地球が逆回転するほどの衝撃だった。

帰りはずっとニヤニヤしていたのを覚えている。

坂本さんは元気だろうか。
綺麗な字を書く人だった。
どちらかといえば理系なのかなと思っていた。

子どもが小学生になり、自分がどれだけ周囲の友達や大人に支えられて生きてきたかを思い知らされる。

その時、その時、不器用ながらも精一杯やってきたけれど、もっと自分の気持ちを言葉にすべきだったと思う。

過去をうじうじ悔やんでも仕方ないから、最近は、それを実践しようとしている。しかし、まあ、しんどいですね。

「みんな好き勝手言ってるけど、頼まれて坂本さんの隣にいると思ったら大間違いだよ。私は坂本さんと過ごす時間が好きなんだ。坂本さんといるとほっとする。それって坂本さんのことが好きで友達になりたいということなのです。友達になってください」

これがちゃんと言えたら良かったなと思う。

首をゆっくり横に振られそうな気がするけれど。

そして、最後。

子どものバスの話に戻ります。

前日。

あまりにも落ち込んでいるので、いよいよ最終手段か・・担任に状況を確認するか・・と思っていたら、

「やっぱ遠足いくー!」

と元気に帰ってきた。

どうやらバスの最後部座席のひとつだったらしい。

真隣は誰もいないかもしれないが、大人数でわちゃわちゃできる。

「それは良かった。そこワルの特等席じゃん」

「え、何それ?」

「いや、中高生になるとそこは、ちょっとワルめの人達が座る席だから」


ワルの特等席って自分の地元だけ?

令和の中高生はどうなんだろう。

遠足か。もう一回行くとしても、私は坂本さんの隣に座りたい。

そして、もう一度笑った顔が見たい。



そうそう、これは、そもそも勉強ブログで、

そろそろ大学の課題提出の時期で、
今まさに追い込んでる最中の現実逃避だったりもするので、また、追って進捗なども書きます。